『ぎゃーーああああああぁっぁぁぁあぁぁっ』




アッシュが青年と言える年になった時から真っ赤な夢が流れ込んできた。
燃える様な地獄絵図の夢。
母の子宮は表に出て父の首から下は内臓と骨と皮膚に分けられてていた。
ルークは?
アッシュはそれ以上恐ろしくて知りたくなかった。
しかしそれがどう意味なのか、何の夢なのかは分かっていた。
夢を見始めた頃、ルークとも繋がらなくなった。
不安は募った。
だが、この夢もまた、此れから起こる事なのだとしたら、否起こることなのだ。
ならば逃げるチャンスだと思った。
青年は決して飼い殺されるのを待ってるつもりはなかった。
だから、最後まで知っておくべきなのだと。

夢は日毎に酷くなった。
メイドの腸が木にかかり使用人の四肢が切られては縫われていた。
肝心のルークの事は一向に分からなかった。
現でも、一向に来る事はなかった。

ルークを待っていたことを。
アッシュは気付いた。
夢を見るのはルークを助けたいからなのだと。

知らせなければいけない。

アッシュは思った。

この事を話して逃がさせなければと、しかし話した所で信じるだろうか、話て周りのように恐れはしないか、迷ったのは一瞬だった。

一日に一回の食事を運ぶし使用人に牢獄に入れられてから初めて声を掛けた。
ルークはどうしているのかと、
使用人は吃驚したが、少し顔を伏せて答えた。

「此処に来てる事を旦那様にバレてしいまして…」

アッシュは直ぐに感ずいた厳しい父だ。酷い折檻をされているのだろう。
仕方が無いので使用人に夢の話をした。
アッシュが逃げるチャンスがなくなるだけだが『死ね』ば『此処』からもでれると、
すると使用人は鼻で笑った。

「ご予言有難いのですが、貴方様にはもう関係のないこと、貴方様はルーク様の為にならぬと一ヶ月後に山犬の餌にするそうです」

アッシュは頭が真っ白になった。
飼い殺しにするのだろうと思っていたのにまさか本気で、仮にも息子を手に掛けようなど…。
否、山犬の餌にするのならば自分の手は汚さずに済むのだろう。

ここまでするものか?
ここまでする存在か?

アッシュは分からなくなった。 妄想だと思っていても確かに父に頭を撫でられた感触を今でも覚えている。
母の腕の温もりだって、しかし、それを信じてみた結果の死刑宣告。

「いくら貴方様でもご自分の死はわからないのですね。で、それはいつ起きるのですか?」

助ける価値があるのか?
否、皆無だ。

 『わからない』

アッシュはそれだけ伝えた。実際に分かったとしてもアッシュには教える気など皆無だ。


アッシュはどうにかルークに繋がらないかと試みた。
しかしどうやっても繋がらない。
心を閉ざして仕舞っているようだった。


ルークだけでも助けよう、

鬼にもなりそうな心でアッシュはそれだけ思った。

もう、あんな夢も知らない。


もう夢を知る必要は無いのだ。
アッシュにとって死んでいいのだ、自分の死を願っている奴ら等。

ルークだけを、助けよう。

アッシュは頭の遥か頭上に光っているであろう月に向かって呟いた。


「どうしてだ?」


アッシュの呟きに返事が返ってきたことアッシュ自身少なからず驚いた。
今の時間帯は見張りのいない時間帯、母親だってこんな時間に来る事はなかった。
しかし、声がした、「アッシュ?」と女というには低いテノール。そしてアッシュをアッシュと呼ぶのは自分とあと一人しかいなかった。

「ルーク」

アッシュが振り向いて名を呼ぶとがルークは何も言わず、こちらも見ずに苦笑いを浮かべた。
久しぶりの会話にはじめての対面だった。

「何故お前がここにいる」

問うが、しかし、いつも感じているルークと少し雰囲気が違う。
普段繋がっている時のルークは無垢と云える程なのに今は、どこか淀んだ気配を纏っていた。
繋がらない間に何かあったのかと自然と眉間の皺は濃くなった。
頭上の窓に嵌め込まれた鉄格子の隙間から風に少し入ってきたとき、アッシュの鼻に決していい匂いとはいえない香りが掠めた。


「血、」

血と少しの消毒液の匂い。

「…匂いした?」

ルークは気まずそうにに自分の衣服の匂いを確認していた。

「お前って結構鼻良いんだな」

と少し落ち込んでいるルークに鉄格子越しにいるルークに近づき「こっちを向け」と言った。 きっと何か酷い折檻をされたのだろう。
だがルークはアッシュに眼を向けずに話し始めた。

「ここ、昔俺がいたとこなんだ。前にちょろっと話したろ?邸内にある別邸にいて、母親が死んで本邸に入ったって。母親って言っても、顔も見た事ないんだけどさ。 一度も会うことなく死んじゃって。 俺は本邸に入らされたんだ。 だけど俺馬鹿だからさ…。みんなの期待通りに出来なくてよく独りでうじうじして…そんな時アッシュと繋がるようになって、友達ができたみたいで嬉しかった。
だけどみんなのいう『ルーク様』がアッシュなんだろうなって思った。俺の理想の『ルーク』そのまんまなんだもん。 …なのになんでアッシュは名前を『ルーク』じゃなくなったんだろうって凄く気になった。きっとアッシュに会えば分かるって思って、 確かめたくて。…でもそれだけじゃなくて、お願いもあってきた。 でもメイドとか使用人とか父上にまで聞いたりしていろんなとこ探したんだけどさ、見つかんなくて。まさか俺が閉じ込められてたとこにいるなんて皮肉だよな…。」

それで見張りが言っていた「跡取り様の為にならない」という言葉に納得した。
よりにもよって父上にまで聞いたのかと溜息がでた。

「アッシュ、やっぱり『ルーク』はアッシュだ。ここにいるべきは俺だよ。」

ルークはアッシュと一切顔をあわせずに言い募る。
それがアッシュの怒りを増幅させていた。

「俺はアッシュだ。ルークはお前だ。」

そう言いルークの顎を取り無理に顔を向けさせた瞬間。 ルークの瞳に吸い込まれそうになった。その先にあったのは己の死に様だ。
やせ細った体のそれでも少しついている贅肉を少しでも多く喰らおうと山犬たちは躍起になって、食い漁り、集まっていた。
腕や足の骨も見えている。
其処には『痛い』の三文字ですらまともに言えない自分がいた。

思わずルークの顎を離し眼をそらした。
幻だ。と言ってしまうのは簡単だ。
しかし、アッシュにはそれが現実に起こることだと何故か理解できた。
今迄見たくもない、当てたくもない未来を見た感覚。
あの夢と一緒。
アッシュの全神経が言っている。それは現実に起こりうることだと。

「…父上は本当に俺の事…」

アッシュが呟けばルークは「…やっぱり」と零した。
それに口を開けようとしたアッシュよりも先にルークは続けた。

「アッシュ、知ってたか?俺たち、同じ日の同じ時間に生まれたんだ。」

少し違うけど双子みたいなものだろ?そう付け足して笑っているつもりなのだろうが、全く笑えていない顔が其処にはあった。
何の関係があると言いたかったが泣きそうなルークの顔になんとなく聞きに徹する事にした。

「そして『ルーク』っていう名前も共有してる。これって完全に同じ存在…、じゃなくても、やっぱり近しい何かは感じるよね?」

「『ルーク』はお前だ」と言いたかったがアッシュにだって言っていいタイミングというものは分かっていた。

「俺、昔っからよく変なもの見るんだ。多分それは死に様だったり、怒りだったりするんだろうけど、上手く表現できないけど見るんだ。アッシュはそれを認識して言葉にして明確にする。 俺はそれで初めて自分が見たものがどんな意味があるのかを知るんだ。 アッシュがここに閉じ込められてるのは俺が変なもの見てるせいなんだ。」

ルークはアッシュを直視しない様に顎から下に視線をやって此方を向いた。
何故かなんて今のルークの話でアッシュには嫌でも理解できた、ルークがアッシュを見るたびにアッシュはルークの中で殺され、世界に否定され続けるからだ。
「このままだとアッシュが死んじゃう。
でもアッシュを死なせなんてしないよ。俺が助けて見せるから…、それまで待っててくれ」

それだけ言うとルークは駆け足で地下から出て行った。

本当は夢の話をしてしまいたかった。
しかし、さっきのルークの話であの夢はルークが見せていると言う事がアッシュには分かってしまった。
自分は死に邸の者たちは殺される。 夢に出てこないルークはどこにいるのか…。
アッシュには分からない事だらけだった。